古いことを引っ張り出して新しく始めた。
私は久しぶりにミシンを触ったり、知らない女の子と軟式テニスをしてくたくたになった。

でも、あの頃と違って、何をするにも好きな服を着て、好きな態度でいて、ずっとひとりでいていいのだ。
それらを終えて家に帰ったら缶ビールを飲んだりもできる。
そういうことがベースにないとできなかったのだ。あの頃は、自分のままではあそこにいられなかった。自分でない何者かであることを、いつも誰かに求められている気分だった。
2021/11/07(日) 記事URL
宣言が開けてから、数少ない友達が誘ってくれて、飲みに出かけたり、車に乗せてくれたり、お茶に誘ってくれたりして、バタバタした日々の中ほどよく息抜きができている。
それにしては肉体がへとへとすぎるのだが。

年齢差による社会認識にギャップがあるのは仕方がないことだけれど、中でも人権意識とかジェンダー感とか、その辺が親とズレることが増えた。
もともとリベラルな親にズレを感じるのはけっこうストレスだが、そもそも「そういうのうちの親は全然わからないから」という家と、どちらが苦しいだろうか。

ここ二、三年で急に大きく変化したことは間違いがないので、ある世代にとっては急すぎるのかもしれない。
私の世代ですら、これまで自分に許していなかったことを許したり、ああいう言い方は二度とすまいと自分を省みたり、慌ただしい。
でも、変わっていけるなんて贅沢なことだ。
2021/10/22(金) 記事URL
母と待ち合わせて、叔母の暮らしていた家を片付ける計画を立てるため千葉方面に出かけたのだが、最寄り駅に着いてから、母が叔母の家の鍵を忘れてきたと判明した。
ただ、母は日頃からかなり何か失くしたり忘れたりしやすいたちなので、私はほとんど驚かず、今日はおいしいものを食べるか映画を観るなどして帰るしかないなと二秒くらいで気持ちを切り替えた。しかし、母はすごく驚き、がっかりして、自分で自分に「こんなバカな人間見たことない!」と怒り出した。
私はそれがおもしろくて「仕方ないよ」と笑いながら、ことりっぷでその周辺に何か見どころのある場所があるか調べたが、検索結果は0件だった。

結果的には紆余曲折の末、鍵はどうにかなったのだが、叔母の家の片付けが済むまで、念のため、私もスペアキーを持つことになった。

ここのところ母との関係は難しい点も多いが、母に必要とされたり、役に立っていると実感するとうれしく感じるところが、今は子供の側の弱みのように感じる。無償の愛を与えているのは子供の方だとはよく言ったものだ。私は特に、普通の40歳より大人の役に立たない社会人だからそう感じるのかもしれない。

2021/09/30(木) 記事URL
ときどき、真っ暗な廊下に立って、見えないその先を見つめているような気持ちになる。でも、廊下はそう長くはないとわかっているみたいな、安堵というよりあきらめのような気持ち。
見つめていたって、そもそも真っ暗だから何も見えないわけだし。

叔母のことを考えるとき、話せることがあまりない。あまりにも切実な事実と恐怖だけがそこにあるから、それをまじまじと見つめ続けてしまう。それがたぶん、暗い廊下なのだ。
2021/09/13(月) 記事URL
いつの間にかこんなに書類をそろえるのが得意になったのだろうか。大変気に食わないがことはすんなり運ぶ。



帰りの電車で、この前あそこに行った帰りも車の中でめそめそしていたかも……と思い返す。つまり彼は、酔ってマックスに感傷的になった私の相手を、ほとんど強制的に五分ほどさせられているわけである。しかも二度も。
素面では一分もちゃんと向き合って喋ったことがない。


感染者数が大きくなってから、布マスクと不織布マスクを使い分けているけれど、とにかく不織布のプリーツマスクをしていると肌荒れがひどいので、最近は色々試している。
今のところユニ・チャームの超立体マスクが、ぴったりしていて遊びがなく、摩擦が起きにくい。素材の問題ではなく形状の問題なのかもしれない。鼻先はまだ赤い。
2021/09/12(日) 記事URL