出かける用事があると、ついでにと雑事の予定を詰め込んでしまう。その結果、歯医者には七分遅刻して、歯医者のあるビルのエスカレーターに乗る直前に歯医者から電話がかかってきた。

被せ物が取れてしまった歯にわずかに虫歯ができていたのでそれを削り取ってもらう。被せ物が小さくて、歯との間に隙ができてしまったことが虫歯の原因のようで、新しいのはもっと大きくすっぽりと覆うようなものがいいそうだ。
取れた被せ物がいつ頃作ったものだか聞かれたが思い出せなかった。十年は経っていないと思うけれど、というくらいは前だ。

私は歯医者で唯一、口を開けたままにしておくつっかえのような器具だけは使うのを断る。強制的に開けたままになるのが怖い。ずっと大きく開けておくと唇の端が切れるし、顎が痛くなる。まるで拷問みたいだと思う。
それなら自ら口を大きく開けたまま懸命に耐えるほうがいい。

削ったあとを埋めてもらって、次回、新しい被せ物を作る。
神経近くまで削り取ったため、次回までの間に痛くなったら、神経も処置をしなければならないらしい。でも、私は歯の痛みにすごく鈍いので、本当はひどい状態でも気づかないことがほとんどだからとても不安だ。
この場合十中八九痛くないから。

通っている歯医者では治療後、皆が「お疲れ様でした」と声をかけてくるので、三回に一回は私も「お疲れ様でした」と答えてしまうが、患者は「ありがとうございました」が正しい返事だと思う。
2022/08/05(金) 未整理 記事URL
心が動くのがめんどうくさいって、生きる態度としてすごく良くないように思えるが、たぶん「めんどうくさい」という言葉の印象が悪いだけで、結局「怖い」と置き換えられると思う。
ただ、「怖い」より少しだけ冷めた感じがあるから、それを加味すると「めんどうくさい」がより適当かなと思って、ずっとそう言っていた。

心が大きく動いたり、つまらないことでモヤモヤ悩む状態に陥ったり、その結果傷つくのがめんどうくさい。または怖い。だから一人でいて、一人でもそれなりに楽しくやっていたわけだ。
みんなに見守られ(心配され)ながら、あるいは関心を失われながら。

それって、側から見るとどうかわからないが、基本的に気にしすぎ、考えすぎの人間にとってはけっこう健やかなことだった。

でも、いつも新しいことをするときにはたくさんいろいろな物を捨てる。
宝物だと思っていたものでもなんでも、別の何かを得るためにはあっさりと捨てられる自分でありたいし、そうでなければ、新しいことがうまくいかないように思える。
だから今度は孤独な安寧を捨てるのかな。

なんでもぜんぶ持って行こうとするのって、ルパン三世が空中に散ったお宝を必死で掻き集めて、どうがんばっても腕から宝石がこぼれ落ちてしまうシーンみたいだ。
人が抱えられる分は決まってるということのイメージ。
2022/08/02(火) 未整理 記事URL
お盆の話などしていて、まんまと叔母のことを思い出し(また叔母の話!)俄に心がメソメソし始めた。

去年の夏、何を見聞きしても全然中身が頭に入ってこなかった数週間のことを思い出すと何とも言えない気持ちになる。あのときはもう何も続けないと思ったし、細かい記憶が全然ない。ただ、心を閉ざしても生活できるものだなという気づきみたいなものがあって、自分がこの先ずっとこのくらい閉じていても誰もわからないだろうなと思っていた。
もともと「共感」に強い関心はなかったが、よりなくなった。

今はある程度は心が開いている。
そうなってよかったと思う一方、またああいう傷つき方をすることがこの先の人生で絶対起こらないとは言えないと思うと、人生はしんどすぎるなと呆れるし、頭のてっぺんがちくちくと痛くなってくる。
2022/07/15(金) 未整理 記事URL
薄暗いPC眼鏡のレンズ越しに、大きな画面の中、小さなウィンドウを開く。
いつも少し戸惑っている。先月はもっともっと戸惑っていたし、今でも、このまま流れに身を任せて大丈夫なのだろうか。でも、流れに身を任せないという選択肢はもう捨てちゃったもんな、と時々考える。

私がなんでも整理して捨ててしまうのは、面倒くさいからと、そもそもそれほど選択肢などないものだと考えているのと、何かを持つことを失くすまでの過程の一つだと思い込んでいるからかもしれない。それに、昔のものって大抵は後で自分を傷つける気がする。

時々、私のことをあまり知らない人に「いいんですかね?」と聞きたくなる。でも、知らない人は常識的で他人に優しいから「いいんじゃないですか?」「いいと思いますよ」と答えるに決まっている。だから聞かないでいる。
2022/07/10(日) 未整理 記事URL
さみしくないのは、嫌でもつながっている、みたいなことに気づいたからかもしれない。
音響機材を見れば思い出し、ピザを見れば思い出し、あの人は元気かな、小花柄のスカート見てあの話題を思い出して笑ったらいいな。
なんとか生き延びていてくれたらまた会えるかもしれない。
でも、会えなくてもSNSで「元気です」って書いていてくれたら、今はけっこう満足なのだ。そうやってつながっている。

それでは足りない時もあるし、それでは足りない相手もいる。会いたいって言われたらうれしいから、そう思ったら私も伝えたい。
2022/07/01(金) 未整理 記事URL