後に連絡の途絶える編集者が、これを売らないと先がない、というようなことを言ったとき、私は心の奥底で「じゃあもうやめようかな」と言った。
今の私の仕事は、サービスと表現の間でいつも揺れ動き、引き裂かれていると言ってもいい。
その編集者が決めた「先がなくなる」ポイントもある意味正しいのだろうが、私がそこから読み取ったのは、この企画に対するやる気がなくなってきていて、内心投げたいのだろうな(この時点で既にその編集者は一度消えて戻って来たところだった)ということで、せめてそれならそうと言うべきではないかと思いながら帰宅した。

しかし、サービスの部分を削ぎ落すと、私はコロナ禍の情勢にすっかりやられてしまい、自分が望んでいること、求めているもの、伝えたいこと、見たいものに暗いもやがかかったようになってしまった。
そもそも、私は社会的に大きな事件が起きると、その内容によっては気分が塞いでしまうタイプの人間だ。コロナ禍でも自分のやるべきことを粛々とやろう、と頭で考えたとしても、体も心もまったくついていけなかった。
はなからサービスできる余裕はなかったのだ。

私が今書いているのは、そういう暗くてやる気のなくなってしまった人の話だ。
2021/07/30(金) 記事URL
冒頭、自分が半身麻痺になってしまったときのことを植物に話して聞かせているスギちゃんのシーンで、「半身麻痺の夫と妻の映画」を観ることに対する不安の大半は消えた。スギちゃんを演じたオギタが、実際その話をしてるのを聞いたことがあったし、ベランダのスギちゃんのシーンと、その後のベッドでまどろむサキちゃんのシーンがすごくきれいだったから信用した。

スギちゃんがサキちゃんにとって魅力的なのはすぐに理解できるのだが、スギちゃんがすべて望んで今のスギちゃんになったわけではなく、ありのままに生きざるを得ないことの苦しさが垣間見えるたび、自分の事のように苦しくて涙が出た。そして、それを心から理解できるとは言えないサキちゃんが苦しむ様にも胸が痛み、めそめそ泣いた。

サキちゃんがいっつもいっつもとってもかわいいんだけど、「絵を描いてるスギちゃんが好き」と聞くと胸が潰れた。作っていたら、それは魅力的に見えるものだ、でも、それがその人そのものというわけでもない。
例えば今の私はたぶん「文章を書いてる慶ちゃんが好き」って言われたら、ちょっとしょんぼりしてしまう。文章は大事な私の一部だけれど、仮に一年、何にも書かなくたって私は私だから。
気力が湧かないスギちゃんの話しぶりがまた自分のことのように思えてギュッとなる。サキちゃんの素晴らしい愛と献身、でも、だからこそいたたまれなくなってしまうスギちゃん。でも、そんなことを持ち出す間にも生活は続ていくし、人生はどんどん進み、年を取っていく。
紛れもなく恋愛映画なのだけど、全然甘くなかった。

観終えても、ふたりの愛に結論が出たとも言えないし、この先も大変なことがたくさんあることを想像した。でも、その壮絶な生活をずっとやっていくのが普通だ。それをとてもきれいない映像で観ると、なぜかすごくホッとした。自分の日々もきっと普通だ。それでじゅうぶん物語が全うされていた。
とても素敵な映画だった。
2021/07/30(金) 記事URL
きつい湿気にやられてベッドに転がったら、ふと部屋のレイアウトのアイデアが湧いてきた。そして、いてもたってもいられなくなって模様替えを始めた。正直、ひとりで引っ越しや模様替えをすると足腰が大変なことになるのだが、すごく楽しい。
ベッドもガラス戸付きの本棚も少しずつ目指すところにジグザグと動かしていく。ついでに床掃除もしながら、飾っている小物も拭きながら、化粧品は使わないものを捨てながらやる。
それぞれが想像した設置場所に辿り着く直前の部屋はまさににっちもさっちもいかず、ここで頑張らないと夕食を食べる場所がない、という感じになるが、小さく休憩を取ったらまたそれぞれを移動していく。

すべてが大体の位置に収まったら、ここかな、やっぱりもう少し間を取りたいなと微修正していく。その間に、あれ、そしたらこれ、ここにしまえる! とか、ここが空くとずいぶん広く見えるんだなとか、勝手に辻褄があってくる。
古いハンカチを四つに切ってあれこれ拭きながら、その楽しい時間を過ごしたら、ベッドメイクをして、床掃除をして完成だ。

明日は腰が痛いだろうし、お風呂に入ったら右膝があざだらけだった。
でも、楽しかったし満足。
2021/07/30(金) 記事URL
眼鏡を作った。去年、眼科で乱視がひどいから眼鏡を作った方がいいと言われたのだ。
毎日ずっとかけるわけではなく、映画や芝居を観るときや、旅先で景色を見るとき、要するに遠くのものをはっきり見たいときにかけるためのものだが、なんだか気が進まなくて先延ばしにしていた。

眼鏡を作るなら、Yaejiみたいな細い金属のフレームで丸い感じのものがいいなと思っていた。ただ、私は顔が丸めなので、だいたいオーバルっぽいものをすすめられるだろうなと思いながら店に入った。

結果、店員さんは、自分も丸顔ですが丸い眼鏡を着けています。顔型に似合う眼鏡の形というのは無視して大丈夫と話してくれて、「眼鏡作るのめんどうだ」から一気にYaeji眼鏡に希望が出た。
Yaejiほどまん丸ではないけれど、私にしてはかなり丸いフレームの眼鏡を選ぶ。実際かけてみると、まあ若干のアラレちゃん感はあるものの、メタルフレームだからかすっきりして見えたので即決した。


しかし、眼鏡を作るのが初めてにしては乱視が進んでいると言われ、度数は高くはないものの、けっこう左右でレンズの度数が違うみたい……。ただ、あまりきつくないようにはしてくれたそう。
一か月ほどで眼鏡をかけることにも慣れると言われ、内心「一か月もかかるの……」と思ったが、とにかく店員さんが皆親切で助かった。
フレーム選び→視力検査→レンズ選び→受け取りをあの短時間でサクサクとやるのはすごい。
2021/07/30(金) 記事URL
年始から先週までの数か月の間、仕事と買い物のときにしか人と言葉を交わしていなかった。それも、お疲れ様ですとか、袋は結構ですとか、そんなものだ。
実際、ひとりで生活することがちっとも苦ではないということと、知らないうちに孤独になっていることはもしかしたら別の問題なのかもしれない。日頃「さみしい」とはっきりと思うことはほぼないけれど、ひとりでどこかへ出かけたときに、急に「こうやってひとりで死んでいくのかも」と思うことはある。
2021/07/30(金) 記事URL