冒頭、自分が半身麻痺になってしまったときのことを植物に話して聞かせているスギちゃんのシーンで、「半身麻痺の夫と妻の映画」を観ることに対する不安の大半は消えた。スギちゃんを演じたオギタが、実際その話をしてるのを聞いたことがあったし、ベランダのスギちゃんのシーンと、その後のベッドでまどろむサキちゃんのシーンがすごくきれいだったから信用した。

スギちゃんがサキちゃんにとって魅力的なのはすぐに理解できるのだが、スギちゃんがすべて望んで今のスギちゃんになったわけではなく、ありのままに生きざるを得ないことの苦しさが垣間見えるたび、自分の事のように苦しくて涙が出た。そして、それを心から理解できるとは言えないサキちゃんが苦しむ様にも胸が痛み、めそめそ泣いた。

サキちゃんがいっつもいっつもとってもかわいいんだけど、「絵を描いてるスギちゃんが好き」と聞くと胸が潰れた。作っていたら、それは魅力的に見えるものだ、でも、それがその人そのものというわけでもない。
例えば今の私はたぶん「文章を書いてる慶ちゃんが好き」って言われたら、ちょっとしょんぼりしてしまう。文章は大事な私の一部だけれど、仮に一年、何にも書かなくたって私は私だから。
気力が湧かないスギちゃんの話しぶりがまた自分のことのように思えてギュッとなる。サキちゃんの素晴らしい愛と献身、でも、だからこそいたたまれなくなってしまうスギちゃん。でも、そんなことを持ち出す間にも生活は続ていくし、人生はどんどん進み、年を取っていく。
紛れもなく恋愛映画なのだけど、全然甘くなかった。

観終えても、ふたりの愛に結論が出たとも言えないし、この先も大変なことがたくさんあることを想像した。でも、その壮絶な生活をずっとやっていくのが普通だ。それをとてもきれいない映像で観ると、なぜかすごくホッとした。自分の日々もきっと普通だ。それでじゅうぶん物語が全うされていた。
とても素敵な映画だった。
2021/07/30(金) 記事URL