叔母が急逝した。叔母は65歳で、千葉でひとり暮らしをしていた。
コロナ渦で色々考えすぎたり、政策のひどさ、状況の悪さに傷ついたりして架空の物語が書きにくくなり、それでも何とか自分の書きたいことを表せる工夫をしていたところだったが、31日の朝早く、母から連絡をもらった瞬間からすべてが止まってしまった。
叔母は日本画を描いていて、家には大きな絵が三枚あったそうだ。
私が本当にいつか書き表したいことは、叔母がいるうちにできなかった。
31日はまったく普通の顔をして一日過ごして、夕方家に戻った瞬間に泣けてきて、喉の奥が轟くように鳴ったせいか、翌朝は少し枯れてしまっていた。
大好きな動物の動画ですら、心が明るい方に動かない。ここまで落ち込んでいるときは、辛く悲しいものを摂取した方がむしろ癒されるのだが、そういう気も起きない。
唯一、大森靖子の『死神』という曲だけに、ほんの一瞬、光を感じる。悔しさの先がちらりと見える。
私の怒りや悲しみがこの先どうなっていくのか自分でも全然わからない。少し先のことを不安に思うことすらできない。
私は生きている何かを抱きしめたい。犬でも人でも何でもいい。
コロナ渦での私はずっと箱に入っている。誰とも触れ合わなければ、私が生きているかどうかなんて私自身ですら確かめようがない。