美術館に家族連れが来ていた。両親と赤ちゃん、それから祖母と思われるご婦人。赤ちゃんを微笑ましく思う一方、自分のどこかにはほんの少しだけ、好きな相手との子供を持つことに対する未練のようなものがまだあって、いつもはそれを掘り返していないだけだと知っている。
私と同じ立場のはずの男性が赤ちゃんを可愛がっているのと、私が赤ちゃんを可愛がっているのは同じように見えても無邪気さに雲泥の差がある。

最近のニュースを見ていると、一部の男性は自分の体や人生が本当に自分だけのものだと思えているようでとても驚くし、感心する。
「自分は好きなように生きる、他人にどう思われたってかまわない」というのは真理かもしれないけれど、そういった態度をわざわざ公に見せることにはどうしても想像力のなさを感じる。
本人が良くても、それで跳ねた泥を陰で誰かが拭っているかもしれない。そのやり方を見て、誰かが「自分のことなど考えてくれてないんだな」と傷つくかもしれない。
それでもなお好きに振る舞うことが自由なのかもしれないけど。

男性は婦人科に通って自分のある機能が徐々に終わっていくことを実感することもないし、入籍したからといって旧姓を横線で消されることもない。それが羨ましい。
そういう細かいことで傷ついてきたことによって、年齢を重ねるにつれてどこか気難しくなる自分がいやだ。
おばあちゃんになった時、無意識に恨み言ばかり言うようになりたくない。
2024/01/17(水) 記事URL