今日は発売を待っていたファンデーションを買いに出かけた。ささっと買って帰るはずが、丁寧に肌状態を見てもらい、思っていたよりマシでホッとし、色もきとんと確かめて、サンプルも選んでとフルコースで購入した。

    結婚式の準備で、花嫁は華やかな体験をする。
    ドレスを選んだり、エステに行ったり、ネイルサロンに行ったり、当日のヘアメイクを考えたり、ほかにもたくさん。

    実際、付け焼刃かつ最低限のエステでどのくらいきれいになれるのかは微妙なところだが、そういう段階を踏んでいき、気持ちを盛り上げることこそがブライダル産業というかんじがする。

    ドレス屋さんやプランナーさん、エステの担当者もみんな、「一生に一度のことですから」と言うし、ウェディングそのものが好きそうだ。ドレスやブーケや、そういったものが。

    私は自分の結婚式の話をしているにもかかわらず、「一生に一度のこと」と言われると、つい、日本の離婚率のことを思ったりしてしまう。(無論、自分たちが別れそうだとおもっているわけではない)

    それでもある程度は本気で「一生に一度」を信じられなければ、あるいは、いかにも本気で言っているかのような演技がでいなければ、ウェディングに関わる仕事に従事し続けることはできないのかもしれない。
    2018/02/19(月) 未整理 記事URL
      あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

      昨年、今年はあんまりなんにもできなかった、と言ったら、友達が「結婚したじゃん!」と言ってくれた。
      確かに、結婚にまつわる諸々って案外大変だ。入籍さえすればというわけではない。
      手続き的なこと以外にも、考えすぎな私は色々なことを考えすぎた。

      それでも多くの方にお祝いしていただき、助けていただきながら前よりちょっとだけ新しい生活を無事に始めることができて本当にありがたかった。(無論『有り難い』という意味です)

      今年は生活の組み立てに時間を取られすぎないように、もっと気楽にいろいろ吸収して新しい作品を作りたい。
      最近、自分の中二病的な部分が少し足りないような気がしている。
      2018/01/03(水) 未整理 記事URL
        舞台版の武装少女マキャヴェリズムでパンフレットの写真の半分を撮ってくださったカメラマンの新栄さんに写真を撮ってもらった。

        今年はいろいろと状況が変わったので、年賀状やそのほかに使えるきちんとした写真が必要だったのだ。

        しかし、何度か常盤治さんに撮っていただいたものの、私は相変わらず写真が苦手で、写真にうつった自分が割ときらいだ。ただ、写真の中の自分を見るときに「仕方ない。私はこういう姿なんだ」という前向きなあきらめの気持ちを持てたことと、「撮る側の人が満足ならそれでいい」という新しい目的を認識できたことでだいぶ気持ちは明るくなった。

        要するに楽しくやればいいのだ。
        私は写真を撮られる専門家ではないのだから、カメラマンがより良いように、あわてず騒がず、飾らずにそこにいることしかできないのだ。

        その日の撮影の成果は、友人、知人は近々目にすることになると思うので、生暖かく見守ったり、思い切り笑ってくれたりするといいなと思う。
        2017/12/04(月) 未整理 記事URL
          夏とつい先日と、二回、常盤治さんに写真を撮っていただいた。

          写真を撮るのは大好きだけれど、自分が撮られるのは苦手だ。しかし、年齢を重ねるに連れてだいぶな自意識も薄くなってきたし、「人に写真を撮らせてほしいなんてそうそう言ってもらえないものだよ」という夫の意見にも心が動かされ、撮ってもらうことにしたのだ。

          写真のモデルはとても難しい。被写体としておもしろくありたいと思っても、まったく方法がわからない。それに、きっと写真を撮る人によって、どういうおもしろさを求めているのかが全然違う。

          お化粧ひとつとっても、常盤さんに施していただいた顔が薄くて、つまり私の薄めの丸い顔が本当に白くぼんやりしており、それだけで不安になってしまう。

          ただ、今回の撮影中、常盤さんが「自分が最近思っていることに集中してください」という主旨のことを仰ってから、ちょっと気楽になった。なるほど、と思って素直にそうした。なんとなく、自分が写真が苦手ということから気持ちが逸れた。

          とはいえ、やっぱり白い丸顔はぼんやりしていると思う。

          2017/11/16(木) 未整理 記事URL
            自分がかなり能天気に、物語の力や美しさ(無論、自分の書いたものに限らず)を信じていたのは、たぶん運がよかったのだろう。

            去年、その物語への絶対的な信用がなくなってしまい、もう書くのをやめるのかなと思った。しかし、自分以外の人間が物語に依然として強く信じている姿を見聞きして、一応、持ち直したのだった。でも、まだ納得はしていない。

            自分を納得させるのが一番骨が折れる。
            何が引っかかっているのかよく考えて整理して、その引っかかり含めて、問題を遠くからじっと見る。
            常に、世界はここにだけあるわけじゃないと自覚することが大事だ。

            私はあまり器用じゃないので、自分が遠回りをすることを知っている。
            それに付き合ってくれる人たちが周囲にいてよかった。
            2017/11/13(月) 未整理 記事URL