noteを使ってみることにしました。でも、あんまり使い勝手がよくないなと感じたらやめるかもしれません。とりあえず、最近、日常的に書いている小説を載せていこうと思います。

    2016/11/07(月) 未整理 記事URL
      昨日の夜は、おいしいものを食べたけれど写真を撮らなかった。

      出会ったばかりの人と、知ったばかりのお店。覚えたばかりの電車に乗って、住み始めたばかりの部屋へ帰る。
      深夜の表通りは雨に濡れて暗く光っていた。ちょっと寒いくらい冷たい夜気に雨のにおいが混ざって、重たくなっていた瞼が少しだけすっきりと持ち上がる。

      お酒が入るにつれて不思議な気持ちになって、自分が流されたり選んだりしてきた結果としてその場にいることが少し恐ろしいくらいだった。自分はどうしてここに来て、これからどこに行くのだろうと考えかけたけれど、余計に怖くなるのでやめた。
      少し懐かしいような、これまでに味わったことのないような、さみしいような気持ちだった。

      地下鉄の駅のホームに消えていく友達が、たくさん手を振ってくれてうれしかった。
      2016/09/22(木) 未整理 記事URL
        おかげさまで、とにかくブログを書こうと思う程度には落ち着いた。
        とはいえ、広めのキッチンの隅にはまだいくつも段ボールが積んであるし、荷物をあれこれ出したはいいものの、まだどこがしっくりくる収納場所かわかっていないものもある。転居通知をどうするかもやっと真面目に考え始めた。

        書き始めている。どことなく誰かの家に夏休みに長期滞在しているような気分を残しつつ、ときどき、自分の想像するとても悪いことの影に怯えつつ、かといって何も止めることなどできず、何においても私よりしっかりした人たちに囲まれて、暮らすことを新しく作っている。
        結局おろおろしている。
        2016/07/20(水) 未整理 記事URL
          全面的に部屋を片付けている。
          実家を出たときと違って、とにかく触るもののすべてが自分が選んでそこに置いたものばかりなのでとても気持ちが悪い。何もかもが私を「構成しています」という顔をしていてグロテスクだ。
          実家に埋もれていたころはあんなにすべてを自分の思い通りにしたいと思っていたのに。

          大好きなくらげの置き物ももう使わないお鍋も、くだらないおもちゃも赤いボールペンも、どれも私の所有物というより、私の実像を支えるつっかえ棒みたいに見えてくる。私はこれらのものものがなければ、私として存在することさえ危ういのだという気がする。
          私は相変わらず何者でもない。片付けはつづく。
          2016/06/25(土) 未整理 記事URL
            自分自身を過剰に守ろうとしない、新しい方法を、自分自身を使って試しているような気がする。仮に守ろうと足掻いていても生きていればどうしたって摩擦は起きるのだから、ある程度、傷つけばいいということだ。

            そういう状況は客観的に見ればたいていバカバカしくて笑ってしまう。自分のことを「バカだな」と笑えれば、かわいがれるし、その先へ行ける。仲の良いだれかにも気安く笑い話にしてもらえる。

            個人の生活においては、ずっと、甘く見られていたいのだ。甘く見られて甘やかされて、蜂蜜漬けのようになって、怖い、悪いものから遠ざかっていたい。それは、知らなければないものと一緒ということではなくて、私の世界にはあえてそういうものを置かなくてもいいだろうということだ。ただ生きていて目に入るぶんは、ちゃんと引き受けるから。
            2016/06/06(月) 未整理 記事URL